くれパステルメンバー 災害体験記事
西日本豪雨災害でくれパステルメンバーがどうやって災害後の生活をしていたかをまとめました。
断水のあった地域 |
断水のなかった地域 |
かっちゃんの災害体験記
地区:中央
断水:あり
我が家は家の前が川になり、マンションのポンプ室も浸水。
水は出るけれど、濁っているためトイレの水は困りませんでしたが、飲料水、お風呂には使えない状態でした。
給水所に水を汲みに行くとき、活躍したのが、段ボールと大きいビニール袋、そして衣装ケースでした。
水汲み用のポリタンクがなかったので、写真のようにして給水所へ行きました。
普段ポリタンクを置いておくスペースがなくても、これさえあれば大丈夫かなと思いました。
水は重いので、台車があると便利でした。これは一家に1台あったら助かるかも!折りたたみ式の軽いものもあるので、普段はしまっておくことも可能!
段ボールだけだと運びにくいので、これを衣装ケースに入れて台車で運びました。
☆工夫したこと
電気は使えたので、大量にご飯を炊きました。
お皿にはラップを敷いてなるべく洗い物の水を使わないようにしました。
あとは、やはり困ったときに助け合える友人や、ご近所さん、自治会の方々とコミュニケーションを取っておくのが大事だなと思いました。
給水所を教えてくれる人、井戸水を貸してくれる人、
車がなくて買い物にも行けない人に必要なものを届ける人、
土砂で通れない道、通れるよになった道を教えてくれる人、
お風呂を貸してくれる人
・・・本当に多くの人たちの助けがありました。
緊急事態の時、親子で心細い思いをしている時に、手を差し伸べてくれる人がいて、本当にありがたかったです。
(かっちゃん)
くっきーの災害体験記
地区:三条
断水:あり
7日の昼頃から断水になり、水の備蓄で飲料水はあったけれど生活用水が必要でした。
1歳9カ月の子供と長蛇の列だと噂の給水所は厳しいなと思い、車で断水していない市役所の給水所を利用したり、近所の方の厚意で使わせてもらった井戸水が助かりました。
断水生活中は、水遊び大好きな子供とベビープールで洗濯を一緒にしつつ遊んだり、乳幼児可の温泉にもいきました。
食事は、朝に食材を全て切って水の使用回数を減らしたり、レンジで蒸しトウモロコシ、グリルで焼き芋、餅、肉のホイル焼きなど簡単な物ばかり。
でも子供が食べれる物を作れるのは親としては安心で、
暑さと普段より早起き生活で疲れ気味の大人も体調崩さず良かったです。
あとは「子供見ておくよ」「洗濯来てね」と声をかけてくれた周りの方々の優しさのおかげで、たくさん助けられて、乗りきれたなと思います。
(くっきー)
ゆうくんママの災害体験記
地区:中央
断水:あり
7日の朝に断水になるかもという情報がメールで回ってきました。
信憑性もあり、あり得るかもしれないとお風呂や洗濯機、大きな鍋等に水を貯めました。
近所の年配の方にも、断水になるかもしれないと伝え、水を貯めることを伝えました。
昼過ぎ、どんどん水の出が悪くなり止まりました。
給水情報は同じ断水に困った友人たちからすぐ回ってきました。
6リットルの非常用水をもらえるから、入れ物なくても大丈夫だったよと聞いて手ぶらで行くと既に無くなっていました。
家にある蓋付きのペットボトルをかき集め、キャンプ用の折りたためるポリタンク、スポーツに使うジャグが大容量で助かりました。
給水所は夜9時までOKと聞き、わざと遅くに行くと人は少なかったのですが、小さな給水車なので補給待ちになり、家に帰るまで1時間くらいかかりました。
翌々日くらいから給水所の中学は断水になっていないので、蛇口から直接給水になり待つことは減りました。
小学生と中学生の我が子も私が仕事で留守番の間、無理ない範囲のタンクやペットボトルを手に歩いて給水に行ってくれました。自ら進んで行ってくれて助かりました。
水は重いので、駐車が出来る給水所を探したり、近所の年配の方も一緒に乗せたり、タンクを預かったりしました。
お風呂は汲んできた水を少量熱く沸騰させて、それに水をたして体をを洗い、2日に1回頭やからだを洗いました。
他は濡れタオルを電子レンジで温めたもので体を拭きました。
そのうち、ご近所の井戸水が出る家があり、自治会長さんが希望する家でお風呂&洗濯の順番を決めてくださいました。
2~3日置きにしっかりと湯船につかって疲れがとれました。地域の方に本当に感謝。
夏なので汗もかくので、初めて銭湯「呉温泉」も行きました。
無料のところは人が多いと言うので有料の場所に行きましたが・・・とても多かったです。
いろんな浴槽が小さいながらあって、珍しい光景。こんな状況でないと銭湯も行かないのでプラスに考えました。
友人達も洗濯おいでと沢山声をかけてくれました。
一番近いお家で洗濯をさせてもらい、洗濯機が回っている間子どもたちは楽しそうに遊んでました。(楽しいことも無いとね)
トイレの水は雨水を貯めたり、裏に流れる川から汲みました。
釣り用のひもがついたバケツを川に落ちないように足元に気を付けながら投げ入れて引っ張る。そしてポリバケツに貯めました。
川の水も初めは多かったのですが次第に少なくなっていき、汲むのが難しくなったころに水が出て助かりました。
川の水を汲んで、家のトイレに運びます。5人家族なので結構必要。
バケツでトイレの水を流しますが、完全に流れないので臭いが辛く、消臭剤を置いてしのぎました。
近所の井戸に汲みに行く。キャンプ用のカートが助かった。キャンプ用品は災害時に色々と使えて便利。
途中腰を痛めてしまい・・・家にあった灯油用のポンプ(灯油ではつかってなかった)で小さめのポリタンクに入れ替えてます。
友達が持ってきてくれたもの。水、ラップ、割りばし
お皿にラップをしいて使いましたがやっぱり、数回使うと汚れることも。
鍋などを洗うときには蛇口がついたポリタンクが水量調整も出来て助かりました。
7月7日の自宅裏の川。流れは強かったですが、水の高さが思ったより高くはなかったのと、大雨での子連れ移動は返って危ないと思い避難はしませんでした。
この川は図書館の川につながるのですごい勢いで下に流れていました。
しかし、避難準備はしながらこまめに水量、高さ、石は流れていないか?などは見ていました。
(ゆうくんママ)
てんこの災害体験記
地区:中央
断水:あり
7月6日(金)夜
メンバーから、二河川がすごい大変らしい、とLINEが来た!
越えてはいないけど、かなりの水の量!
あちこち洪水の写真もあり、不安だな・・・
山際や川沿いの人はとくに気を付けて・・・。
それにしても雨、いつもよりほんとよくふるなぁ・・・と、思いながらも就寝。
しかし、深夜~未明(?)すさまじい雨音に目が覚めた。
マンションの窓から外を見ると滝のような雨。
マンション前の道は膝上くらいまで水が溜まっているようだった。
しかし、いつもの洪水かな。雨がやめば水もひくだろう。
くらいにしか思わなかった。
少し寝てから朝を迎えても、マンション前も後ろも道路は川状態。
中央公園は、もはやプールだった。
これはいつもと同じじゃないと思い、テレビをつけると、どうやら西日本広い範囲で豪雨に見舞われたようで・・・
青くなった。
朝から、くれパステルメンバーから、あちこち洪水の情報や断水の情報も。
そして9時過ぎ頃には、呉市全域で断水になるかもしれないという情報。
呉は、広島市内からの送水は一か所ではないと聞いたことがあるので、呉市すべての地域が一気に断水にはならないとは思いつつ・・・
自分の地域が、断水になるかならないかはわからない!
メンバーも、断水に備えて水をためよう!!と、LINEで言っていた。
私は、まず、お風呂にいっぱいに水を貯めた。バケツの準備と。
そして、台所で、あるだけの空きペットボトルに水を入れて、何本かは冷蔵庫に入れておいた。
あとは、流しの足元に。スポーツジャグも押し入れから引っ張り出した。
ちなみに、このとき注意するのは、ペットボトルの水はきっちり空気が入らないようにいっぱいに。水が痛みにくいと聞いたことがあった。
また、
鍋、やかん、水筒にも(氷入れて)。そして、災害用に置いてあった水の備蓄も棚の奥からだしてスタンバイ。
そして、
冷蔵庫の中の、トマト、キュウリ、レタスなどを洗ってジップロックに入れておいた。洗っておけばそのまま食べれるよね!
昼前にまだ断水になってなかったので、ご飯も5合炊いておいた。
小分けにして、ジップロックに。レンジでチンしたらすぐ食べれるように。
お昼ごはんは調理中や片づけ中に断水になっても嫌なので、ゆめタウンに子どもと買い物ついでに食べに行った。
ゆめタウンは、すごい人!人!
紙コップや、紙皿、ラップ、ビニール袋、割りばし、無洗米などなど、自宅にまだあるけど、
もう少し買っておこうかな?と思って見てみた・・・が、もう全然なかった!!
みんな考えることは同じだ(;^_^A
レトルト食品もかなり品薄。少しだけ買って帰った。
自宅に帰って、そうだ!と思い、子どもも私もシャワーを浴びた。今ある洗濯物を一気に洗って・・・。
あと5分で洗濯機終わるってところで、断水に!
あぁ・・・ついにきたか・・・しかたないので、貯めていた水を最後に入れて脱水して終了。
その後、ネットやテレビで、災害の様子が少しづつわかってきた。
断水もかなり広域。
呉市内の水が出ているお店などは、水を使ってくださいとフェイスブックなどでお知らせしてくれていて、すごく嬉しかった(T_T)
なんと、しばらくしてわかったのだが、我が家の断水は、地域的なものではなく、
マンションのポンプが浸水により故障したため、断水になっているのだった!(>_<)
ということで、
もちろん、翌日になってもここら辺に給水車は来ない・・・もしものために、水を貯めていてほんと、良かった!!
夕飯は、レトルトカレー
チンしたご飯。カレーは、紙皿に入りきらないので、お皿にラップを敷いて食べた。
レタス・茹でキャベツ・キュウリ・冷凍コーンのサラダ。
テレビで天応や坂、焼山の状況を夕方のニュースで知る。
クレアラインも崩れたって・・・
呆然とした。言葉がでない。知っている場所、いつも通る場所が・・・
「大丈夫?」いろんな人にお互いメールしてみんなちょっと安心したりして・・・
でも、とにかく、心がざわざわ・・・より、なんかぐちゃぐちゃって感じ。
なんとも、長い一日だった。
ちなみに、初めて断水を経験するので、トイレに水を流すのも初めて。
ネットで「toto」調べたら、断水時の水の流し方が出ていた。
最初は、タンクに水をちびちび入れて、たまったのを流したが
バケツで一気に流すほうがちゃんと流れる上に水の量が少なく済むらしい。
7月8日(日)翌朝も断水。
朝はグラノーラ。と、豆腐。紙コップに入れた。
お昼は、レンジでチンのたらこスパゲティ。具はきのこ、ウィンナー、ネギ、海苔。
お風呂に入れないので、水の出ている実家まで行き、入れてもらった。
お風呂に入れるだけでもかなり助かる!!
無料で銭湯に入れるサービスはあった。でも、かなり混雑するらしかった。
夜ごはん
メイン何にしたっけなぁ??紙コップに、乾燥野菜・海藻・粉だし入れて、味噌を入れただけ。
あぁぁ味噌まる、あったらよかったなぁ・・・
蒸しどりやら、とりあえず、冷蔵庫の中にあるものを使って済ませた。
この日は一日、携帯がつながらなくて、不安だった。
昨日はたくさん、防災メールやら、ネットニュースやら友だちからのメールやらきたのに、この日はずっと「圏外」の状態。テレビをかなり見て過ごした。
9日(月)もちろん、学校はお休み。子どもとおとなしく自宅で過ごした。
貯めておいた水、いつまでもつかなぁ・・・と不安になる。
中央公園に、昼過ぎ?かな?臨時の給水所ができた!
広など、給水に時間のかかる地域の人が公園に車で来て入れて行ったりしていた。
ちなみにここは最後までほとんど混まなかった。
夕方5時過ぎ、マンションの水がでた!
なんとか、仮復旧してマンションの断水が終わった!
まずは、台所の水をそろぉ~っと、ゆっくり出してみた。
水って有難いもんだ・・・。
何日間かは、水が飲めるようなものではなく、とうぶんの間備蓄のミネラルウォーターを飲んだ。
水が出てからは、もらったペットボトルの水を断水の友達にあげたり、公園でくんだ水を持って行ったりしていた。
ちなみに、数日後一度また一日断水にはなったけど、夕方にはまた出たので、大丈夫だった。
というのが、私の断水体験です。
私の地区は断水にはならなかったが、まさかのマンション断水。そんなこともあるのねぇ・・・もしもに備えていてよかったと思った。
日ごろから、水や魚の缶詰やらレトルト食品、マジックライス、非常用トイレなど、準備しているけど、何日も続くとちょっと足らないなぁと思った。紙皿やサランラップ、割りばしも。
今回は我が家は、家屋の被害などもなく、電気やガスは何ともなくて、数日の断水だけだったけど、これが、家屋が被害に!とか、他のライフラインも使えなくなっていたら・・・と思うと、ほんと大ごとだなと思った。
この災害を、しっかり覚えておいて、日ごろから備えておきたいし、必要性を伝えていかないといけないなと思った。
(てんこ)
さっちんの災害体験記
地区 和庄地区
断水 なし
学校も休校になり、Twitterなどで
坂の土砂崩れの様子などを見て、大変なことになったな…と
感じていました。
近所のスーパーに行っても、パン、お肉などの生鮮食料品が
軒並みなくなっていて、物資は大丈夫かな、と不安が募る一方でした。
しかし、友人のLINEなどで
交通情報やお役立ち情報なども交換し、
同じ立場同士励まし合って、不安も多少なりとも解消できたように思えます。
私の地域は幸運にも、断水はなかったのですが、
友人が、断水ついに来ました…と報告があったりしました。
うちもいつ断水になるかわからない!と思い
断水対策として、トイレ用に水をお風呂に溜めたり、鍋にお水をためておいたり。
ベタですが、断水がない保証もないので考えられる対策をしました。
断水になったら、まな板洗う水ももったいないはず!!、と思って、
冷蔵庫にある野菜を塩もみのサラダに、
火を通して食べる野菜は切ってポリ袋に小分けしました。
結果的に断水はなかったのですが、
料理の下ごしらえになったので調理が楽でした(^^♪
断水というと、お風呂、トイレ、炊事洗濯
生活すべてにかかわることなので、
本当に大変だったと思います。
水がでるありがたさを、しみじみと感じた夏でした。
(さっちん)
ゆ~なの災害体験記
地区 焼山地区
断水 なし
始めは、今週は良く雨が降るな…と思っていた。
金曜日の夕方に子どもの迎えに行き、いつものように過ごしていたら、ニュースがいつもと違う。
携帯の災害アラームも鳴りっぱなしで、避難指示が出ていたが、家にとどまることにした。
知り合いから、焼山のビック辺りが浸水していると聞き、画像を見て驚いた。
次の日、少しずつ被害の大きさが分かってくる。
焼山から、呉、矢野、坂、黒瀬などすべての道が土砂崩れが起こっていた。
この日は、どこにも行かなかったが、友達からの情報ではまだ水が引いていないところもあったり、エブリィ、コープなどは営業していなかったとのこと。
ダイキには土砂が流れ込んでお店は機能せず。
家が無事だったから言えることだが、無理に避難して、災害に巻き込まれたりしなくて良かったなと思った。
避難するかなど、近所の人と相談できたりしたので、日頃から、地域の人との関わりを持つことも大切だと学んだ。
月曜日から、小学校は休みだったが、幼稚園は受け入れしてくれたので、お弁当を持たせて幼稚園へ。
焼山でも、数カ所土砂崩れがあったようで、たまたま住んでいたところは大丈夫だったが、避難した友達などもいた。
大きな道や、郷原や呉、熊野へ行く道は大渋滞だったが、裏道などは普通に通ることができた。
熊野から、熊野トンネルを通って海田へ仕事へ行く友達は、4時間以上掛かると言っていた。
幼稚園が小学生もチーム保育として受け入れてくれたので、小学生の兄も乗り切ることができた。
だが、幼稚園バスは動いていなかったので、呉や熊野に住んでいる園児は送り迎えできずに焼山に住んでいる園児しか園に行くことができなかった。
呉では断水など大変な中、なかなか焼山から出られず、なにもできないのが心苦しい気持ちでいた。
主人が帰ってきて、ボランティアへ。
呉市役所のボランティア受付はボランティアへ行く人で溢れていた。
多くが、高校生、大学生などで、ボランティアへ行くバスを待っていたとのこと。
主人は車でいったので、直接坂へ行き、登録をして、グループになってボランティアへ。
夏ということもあり、3時間で終了とのこと。まだまだやりたい気持ちで帰ってきた。
帰る頃に同じくらいに市役所で待っていた人と会ったと言っていた。
2回目からは、登録していたので、そのまま坂へいってボランティアをしていた。
災害から3週間たったころ、水泳の大会で広島に行くことになった。
休日の早朝だったので、行きはスムーズに行くことができたが、帰りは海田大橋から熊野方面へ渋滞していた。普段20分もあれば家に到着しているのだが、1時間30分掛かって到着。
道路の復旧が進んで行くにつれて少しずつ焼山も普段の生活に戻っていくことができたような気がする。
(ゆ~な)
この記事は2018年11月に作成しました
記事作成:かっちゃん くっきー
ゆうくんママ てんこ
さっちん ゆ~な
WEB:さぼてん
この記事は、パステルHP過去記事より引用しています。